「自分は知らない」と認めるのを恐れる人は、あきらかにそうでない人よりも 学習にコストがかかる。ご自分の“知的プライド”が死ぬほど高い人でも きちんとした学習をすることはできるが、ものすごく他人より苦労せねばならない。 年寄りがだんだん物事を学ばなく (“学べ”なく) なっていくというのは、 じつは脳の機能がうんぬんいうよりも、この要素が大きいんではないか?
2009/11 (a) (via bo-rude) (via kml)
茶の湯の世界では、「おもてなし」には、下記の3つの原則があるという。
1.準備を整えて客を待つ(仕度の原則)
2.くつろげる空間を演出する(しつらえの原則)
3.ゲームのルールを共有する(仕掛けの原則)おもてなしは、まずは主人が取り仕切ることからはじまる。主人は、準備を行い、空間を演出し、客をまつ。あらかじめ前もって行う準備のことを「用意」という。
しかし、おもてなしの本質は「主人」だけにあるのではない。上記3のルールを共有した「客」と「主客一体」になって、相互行為として達成される、というところが最大のポイントである。これを「卒意」という。
おもてなしには、「用意」と「卒意」が必要である。つまりは、主人と客が、アドホックに機転を利かして場を構成する。
おもてなしが成功するかどうかは、主人だけにかかっているのではない。主人と客のインタラクションの中に、おもてなしがある。
「主人と客がともに一回かぎりの機会を思いやりをもって取り組もう」という「一期一会」、それにより「主人と客が心が通い合う状態」が生まれる「一座建立」は、こうしたインタラクションによって達成される。
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これは、おそらく、演芸や茶の湯といった世界だけに言えることではない。
フォーラム、セミナー、ワークショップというものでも同じだろう。きちんと主催者側が準備をしても、「お客さんが卒意をきかせてくれない場合」には、「よい場」にはならない。もちろん、そもそも「用意」ができていない準備不足のイベントは多々ある。そういうものは論外にしても、いくら準備をしても、その場の成功は、主人だけで決定されるわけではない。
イベントを経験して、「あんまり面白くなかった」と感想を述べるのは簡単だ。
しかし、その場の構成のため、
あなたは「何」をしたのだ?そういうことを考えてみる必要があると思う。
NAKAHARA-LAB.NET 東京大学 中原淳研究室 - 大人の学びを科学する: 噺家さんとお客さん (via clione)
社会のいろいろなところであてはまる話。
(via h-yamaguchi) (via motomocomo)
(via ujitomo)
(via ysformen) (via uessai-text)ザトウクジラの唄は、韻を踏むといった構造を持ち、絶えず新しいフレーズが生まれ、毎年新しい唄が広まり、ある海域にいるクジラはみなその唄を歌うようになる。過去40年間の記録では、同じ唄が繰り返されたことはない
0012 - eto.com/d (via freedomcat) (via tbcl) (via kml) (via nemoi) (via kondot) (via littlerodem) (via 9o7d) (via nakano) (via toukubo) (via ginzuna) (via gkojax)
ハードルは高ければ高いほどくぐりやすい
衝 撃 的 だ っ た 名 言 ぶる速-VIP (via geeker) (via xyo) (via extramegane) (via hanemimi) (via tetris) (via hsmt) (via appbank) (via akochan) (via nemoi) (via ak47) (via masaka)
体育会系は確かに反論もしないし便利でしょう
でも数年後、彼らに部下が出来たときのことも考えましょう
奴等は後輩に決まってこう指導します
「俺らはこうやって来たんだからつべこべ言わずやれ」
「出来ないのは根性が足りないからだ」
これではいけません。ですので、先輩・上司達から指摘されます。そうすりと彼らは
「すんません。俺、体育会系なもんでどうしても熱入っちゃって…以後気をつけます」
と口では素直に従いますが、全然改善することはありません
こういう訳で、体育会系の下についた普通の新人さんは嫌気が差して辞めていきます
残るのは体育会系の新人だけです20年後、気が付くと貴方の会社は体育会系だけの会社になり、巷ではブラック企業と呼ばれていました
何がいけなかったのでしょうか?
東京エスノ:【新卒採用】「体育会系の学生」は辞めないので企業の評価が高い (J-CAST) - livedoor Blog(ブログ) (via wawawa309) (via fukumatsu) (via mizushike) (via gkojax)
kml:
来年の11月4日はダイヤモンド婚だったのに5年前に夫は他界してしまった。
その年の結婚記念日は忘れた訳じゃないのに私は黙って何もしなかった。 最後の記念日になると解っていたから辛くって。
でも思い直して数日後、それらしい料理を作り二人だけでささやかなお祝いをした。
現役の頃はお互い忙しかったり忘れたりしてたから夫はまたかと思っていたのかな、何も言わなかったが、「今晩、お祝いしよう」と言うとちょっと嬉しそうだった。赤ワインを取って置きのバカラのグラスに注いで乾杯!
そのあとに夫の演説が始まった。 私への感謝の辞をまともに聞かされて「きみと結婚してほんとうに良かった」
嬉しかった。私と結婚した事後悔してるんじゃなかったんだ。悪妻だったのに。初めてまともにそんな言葉聞いた!
ワインと言葉に酔ってたら何時の間にか謝辞は息子達家族への感謝に移っていた。
医師から病状は説明されていたのに平然としているから理解してないのかと疑ってたが解ってたから照れくさい事を口にしてくれたのだろう。
やっぱり結婚記念日を祝って良かった。 私もすなおに率直な感謝の言葉が言えた。
半月後には入院、それから一ヶ月しないうちに帰らぬ人になった。添付のスケッチは金婚の記念に原点になった京都の思い出の地を巡った時の金福寺の紅葉。


